お通夜にて (10月29日のおはなし)


ここ二三日お葬式が続きます。

先日組内の寺院の前住職がお亡くなりになり、日をおいての寺葬ということで、大きな葬儀がとりおこなわれます。私達組内の寺院の住職もその葬儀に出勤します。

 そんな中、昨日は早朝より、来客がありました。まだ7時前でした。

応対にでますと、家族の方が亡くなったという葬儀の依頼でありました。その予定日時が前述の葬儀とは重なることはありませんが、とても近いものでありました。またその間に、ご本山で「教学院の研究発表」があり、今回は私も発表させていただくことになっています。

 それにしても重なる時には重なるものですね。非常にタイトな日々がしばらく続きそうです。

 写真の言葉は、昨夜その後述のお宅のお通夜の中で、私がご法話をしたときの、話の中での言葉です。

 「生まれるということは、同時に死ぬことを約束されたことなのだ。生きているということは、いつも死ぬことを背負って生きていることなのだ。生と死は切り離せないのだから。生死(しょうじ)という言葉はそのことを教えてくれている言葉なのだ。・・・」という「生死」をもとに少しお話させていただきました。

 それは決して他人ごとではありません。この忙しいと言っている私の今も生死の中を生きていることにはかわりないのですから。

  なんまんだぶつ。